【CxOキャリア】冨樫忠幸氏のキャリアストーリー

CxOキャリアストーリー007
マーケティング力で新しい習慣を創り、文化に変えることを生きがいに。
CxO キャリアサマリー
冨樫 忠幸 氏
株式会社ヒュー / Huew Inc. 代表取締役CEO
コミュニケーションデザインプランナー
- 2002年 株式会社有線ブロードネットワークス(現:株式会社USEN)入社
- 2004年 株式会社日広(現:株式会社GMO NIKKO)入社
- 2006年 株式会社F1メディア(現:株式会社W TOKYO)創業期から参画
- 2011年 株式会社ミクシィ入社 入社
- 2012年 株式会社サティスファクションギャランティードジャパン設立より参画 代表取締役社長COOに就任
- 2014年 インタレストデザイン株式会社設立 代表取締役CEOに就任
- 2017年 株式会社エアトランク設立 取締役CMOに就任
2019年 インタレストデザイン株式会社をトランスコスモス株式会社に会社売却 執行役員に就任 - 2020年 ミーアンドスターズ株式会社 取締役副社長兼COOに就任
- 2024年 株式会社ヒュー設立 代表取締役CEOに就任
- 2024年 縁の株式会社設立 代表取締役CEOに就任
ブランド戦略設計、プロモーション戦術支援など本質的なマーケティング支援を行っている。
CxO(COO)というキャリアを選んだきっかけや背景は?
冨樫氏: ベンチャー事業に興味を持ったのは大学時代ですね。ベンチャー企業をテーマにしたゼミに入ったのがきっかけです。当時「ベンチャー」という言葉もまだ一般的ではない頃だったと思います。実業家をお呼びして講演していただいたり、週に10個とか、新しいビジネスを考えるそんなことを自発的にやってたんですよ。ビジネスモデルを考えるのが好きで、この店の原価率や利益率はどうなっているのかとか、お店の構造を改善するアイデアを考えたりしていました。
さらに遡ると、私はテレビ文化・雑誌文化の最盛期に新潟の田舎町で育ったということもあり「東京」への憧れが大きかったんです。雑誌で欲しい商品を見つければすぐお店に電話して、郵送して購入する、ECという言葉もない時からメディア起点購買してました。地方にいるのに超ミーハーでした(笑)。このミーハーな性格があったからこそ、新しい世界やビジネスに興味が湧いたんだと思います。
大学時代にはベンチャー企業でインターンしたり、アルバイトでは光通信でも働いてたので、色々経験することで自分は成長すると朧げに思ったし、「社会とはこういうものか」と自分なりに理解できたのかなと思います。
卒業後はUSENに入社しました。面接で「新規事業をやりたい」と公言していたのもあって、当時同期が330人いた中で、3人だけ配属されたブロードバンドマンション開発部というところに配属されました。この部署は、日本各地で営業成績が良い精鋭メンバーが集結していて、「営業力」という意味でとても学びは多くありました。すごいなと思える人の話し方のコピーをめちゃしてました。
また、新卒1年目から不動産の大手企業の経営層にプレゼンをする機会もいただき、資料作りも担当していたので、営業も含めてここでの経験は、自分の基盤になっています。人間関係も含めて、1社目がUSENで心から良かったと今でも思っていますね。
-- そこからどのようにしてCxOキャリアに繋がっていったのでしょうか。
冨樫氏: ミーハーとしては、もっとエンタメ業界に絡んで働きたいと思うようになり、USENからNIKKOという広告代理店に転職しました。もっと色々なビジネスモデルに関わりたいという気持ちが強かったと思います。USENのトップ営業マンの訓練もあったのか、苦戦はめちゃくちゃしましたが、営業の結果がしっかりでるようになってました。当時その会社の売上が100億円くらいだったんですが、最後は僕の個人目標はその1/4くらいになっていました。過労になって入院してしまうくらい、今思うとここが人生で一番働きましたね(笑)。 ここでは、インターネット広告に加え、テレビ、交通広告、ラジオ、雑誌、マスメディア全般の広告ビジネスを経験できたのはデカかったです。クライアントのビジネスモデルや収益構造も数多く学びました。
その後、「広告の枠を超えた事業開発」に挑戦したいという思いが強まり、東京ガールズコレクション(TGC)を運営するF1メディアに創業メンバーとして参画しました。TGC、モバイルメディアgirlswalker.com、Yahoo! Fashionなどファッション分野でメディア事業の立ち上げや広告企画、セブン・イレブン、ローソンとのコラボ商品開発は自分のビジネスレベルが向上できた経験だったなと思います。理不尽なことや自分ではどうにもならない挫折もいっぱい喰らいましたね。でもそれで柔軟性や対応力が身についた気がします。特に商品開発や流通対策の仕事にとても興味が湧いたしやりがいを感じましたね。
では、「ソーシャルメディアを使って世界中に商品や文化を届けることはできないのかな?」と考え、それができそうなmixiにジョインしました。新規事業をやりたかったのですが、代理店とメディアの両方をやっていた経験から広告事業の統括を任されることになりました。広告ビジネスの結果は出ていたと思います。ただ自分のやりたいこととのギャップを埋めれず、自分の役割を果たせた段階で、新たな挑戦を目指して以前から声をかけていただいていたブランドビジネスを手がけようとするsatisfaction guaranteed(サティスファクション ギャランティード)に参画することにしました。やりたいことの世界観がとても自分のビジョンとマッチしていたと今でも思っています。
そこからが私のCxOキャリアのスタートです。
COOとしてどのような事業に取り組んできたか
冨樫氏:satisfaction guaranteedは、当時Facebookで日本一のLike数を持っていたアパレルブランドです。SNSを活用したブランドの世界展開やブランドライセンスビジネスを構築していきました。
ファン作りに力を入れて、百貨店にも展開が決まり日本国内でも注目されるブランドに成長しましたが、自分たちがやりたいビジネスはアパレルかブランドマーケティングの議論を経て、「私たちはマーケティングの専門家であり、プロダクト製造の専門家ではない」という共通認識から、ブランディングビジネスに特化する経営判断を行い、代表取締役COOとして就任することになりました。
モノ作りは、パートナー企業とコラボレーションをして、私たちはマーケティングとブランド構築に専念しました。 このように、ブランドを先行して構築し、その後にプロダクトを付加していくという戦略にシフトしました。Facebookの成長に完全に乗っかるという斬新な判断をした感じでした。そのくらい既存の価値観以外のビジネスをやることに魅力を感じていたのだと思います。
事業の幅をさらに広げ、アパレル以外のプロダクトも作りましたし、ヘアサロン・エステ業界ともコラボして国内外の店舗展開にも成功しました。
その後、日本の文化の象徴であるタッチパネル自動販売機をシンガポールに持ち込みグローバルで流通を作り上げようとしました。JRウォータービジネス社と組み、「Cool Japan Project」にも採択されて、シンガポール中心としたアジア全域に新しい流通を構築することにチャレンジしてました。
ただ、流通を0から創ろうとするのには莫大なコストがかかりました。新たな資金調達が必要で10億円規模で動いておりましたが、難航しそのプロジェクトを広げていくまでには至れなかったのです。
その頃、横で「social gear / ソーシャルギア」というFacebook解析ツールのSaasビジネスを並行して創っていて、マネタイズエンジンになっていきました。サービス開始後の4ヶ月くらいで、200アカウント受注して垂直立ち上げができたんです。このビジネスが時流に乗っていたなという印象がありました。
ただ、私自身がやりたかったのは新しい文化形成なので、Saasビジネスに特化するよりは、自分の生きがいを追求することを迷いましたが決断し、最終的には自分で新しくビジネスを考える道を選びました。
起業から事業売却まで、そして現在の挑戦
冨樫氏:初めての起業は35歳で、「インタレストデザイン」を創業しました。 当時はアプリ全盛期で、広告業界に深く浸透してきた自分の経験を活かし資金調達後のベンチャー支援を始めたんです。ベンチャー企業2社、吉本興業を含む3社の広告事業開発サポートから順調にスタートしました。この売上を原資にして、自社プロダクトを開発しだしていました。スマホデータを活用したヘルスケアサービスです。エンジニアを迎え入れ資金調達が内定したその矢先に、信頼していた相手に騙されていて、創業早々全ての資金を失うという大きな壁にぶつかりました。会社と個人の資金が底をつくという厳しい状況でした。判明したのが、入籍をする予定の1日前でした(笑)。その裁判も、結婚式前日にあったりと、かなり精神的に鍛えられました。筋トレしてるなという感じで。起業するってこんなにキツイのかぁ〜と思ったことも多々ありました。
開発してた事業をストップして、止血をし、ゼロから会社を立て直す判断をしました。目の前で必要としてくれる人に全力で向き合うことだけを決めて、営業活動を何も考えず3年間はしようと決断しました。そうすると、その間にビジネスでも相棒にめぐまれたり、一歩一歩着実に前進できていた気がします。
この期間に学んだことは、神は細部に宿るという信念、人に対する感謝、真摯な姿勢で裏切らないこと(笑)でした。今でも自分の中で経営の基本になっていますね。
気がついたら、創業から5年間、ずっと150%成長で事業を拡大することができていました。結果的ではありますが、全ては繋がっていて、運命だったんだろうなと思ってます。
-- こうした困難を乗り越えたなかで、心境の変化も大きかったと思います。
冨樫氏: 失敗の経験から、まずは「守り」を学びました。 それまでの自分は、経営が完全に「オフェンス型」で、守りの重要性を理解できていないんです。で、リスク管理や契約書の内容を確認する大切さを身をもって学びました。 結果的には裁判にも勝ち、相手を恨むよりも、これまで支えてくれた人たちへの感謝の気持ちが大きくなりました。 困難の中で「人をだましてまでお金を手に入れることの虚しさ」を考えたとき、逆に「信頼」「生き方」を大切にしたいと強く意識するようになったんです。これが自分のマインドチェンジにつながり、前を向けるようになりました。
少人数で10億円規模の売上の会社になっていましたが、週10件のコンサルをしていたり、日中のスケジュールが全て会議で埋まり、作業が深夜に及ぶこともあり、限界に近づいていたんです。
そんな中で、「このままこのやり方を突き進んでいいのか?」と自問するようになりました。自分がやりたいこととのギャップも感じ始めていたので、取締役に相談し、「6カ月間で、会社を売却して拡大するか、ピボットとしてまたゼロから事業作るかを決める。」と決断しました。成長していたSNSマーケティングにフォーカスを絞り、会社としてどのパートナーと組めば最大のシナジーを創り出せるか熟考しました。
-- 最終的にはトランス・コスモス社との提携を決められたんですよね。その際の決断にはどんな葛藤がありましたか?
冨樫氏: 有難いことに複数企業からオファーしていただけました。その中で、最終的にトランス・コスモスに決定することになりました。ただ、この決断は本当に簡単ではありませんでした。トランス・コスモスの子会社「ミーアンドスターズ」と創業した会社「インタレストデザイン」を合併して、新生ミーアンドスターズで会社の再建することをミッションにする提案が決め手でした。どこかこのままこの企業を淡々と続けていくよりも、変化することが私にとって逆にチャンスと捉えました。この点でも、新しいチャレンジを選び続けることが性格上あっているのかなと感じてます。ここで、インタレストデザインCEOからミーアンドスターズCOOの役割に戻ることが性に合っているし、事業拡大に純粋に向き合えると思えたのです。
結果的に事業を売却することで、自分自身の新しい挑戦への道が開けましたし、会社にとっても新しい可能性を見出すことができ、COOとしての再建も一定の成果に繋げられたと思っております。
-- 振り返ってみて、どのように感じますか?
冨樫氏: 売却や合併は初めての経験で、不安もありましたが、結果として非常に大きな学びを得ることができました。 「乗り越えることで次のステージが開ける」という実感です。CEO・COO・CSO・CMOと様々なCxOを経験させていただいてます。役職と役割の意味が少しずつわかってきたつもりです。現在、役割としてのCEOをやっている会社もありますが、株主・オーナーでのCEOと、役割としてのCEO・COO・CMOは異なるということも理解できました。役職に縛られるのではなく、それぞれのプロジェクトにおいて最適な形で貢献することを大切にしています。また、起業家と経営者と事業家も近いようで適正があると考えるようになりました。自分は事業家に向いているのかなと漠然と思っております。
No.2タイプの僕として、柔軟性のあるポジションをつくり、その役割でパフォーマンスをあげることが、自分らしさかなと感じています。
どのポジションにいるかよりも、「事業の価値をどう高められるか」に集中することを心がけています。
これからのキャリアイメージをお聞かせください
冨樫氏: 僕が目指すキャリアは、マーケティング力で新しい習慣を創り、文化に変えることを多く手がけることです。これを生きがいにしています。
憧れの事象としては、「土用の丑の日」です。鰻の販促施策として文化をつくり、人々の習慣になっていること。これはコミュニケーション戦略としてすごいことだなと。TGCも、ファッションショーを見て服を買うという文化が今ではできている訳で、そんな「仕掛け」を信頼できるコミュニティ毎に創れたら幸せです。
今多くの企業が「プロダクトアウト」と「マーケットイン」というアプローチを分けていますが、それを「ストーリーテリング」で繋げていく役割を担っていきたい。これを次のキャリアにしたいのです。
-- ストーリーテリングが経営に直結するという考え方ですね。
冨樫氏:はい、それはこれからの経営戦略の重要なポイントになると思います。私自身のモチベーションは「100億円の会社を作る!」といった経営者目線の規模が目標ではなく、新しい文化や習慣に創る事業家であることなんだと。私自身がCOOなのかCMOなのか、場合によってはCEOなのかもしれませんが、そのプロジェクトにとって最適なポジションで世の中に感謝や価値を生み出すことができれば、私自身の幸福にも繋がると感じています。

2025/01/16 14:40:45